
比内地鶏と名古屋コーチン
異なる滋味が響き合う夜

比内地鶏と名古屋コーチン、野菜が一体となり、黄金色のスープが深みを増していく 。※撮影用に一緒に入れています。実際は肉と野菜は一緒に入れません。
「唯一無二」を目指した挑戦
秋葉原駅からほど近い外神田の路地に、静かに暖簾を掲げる「鳥つね自然洞」。昼どきになれば、雨が降ろうが風が吹こうが行列が絶えない。お目当ては、鶏料理専門店が手がける名物・親子丼だ。テレビ番組にもたびたび取り上げられ、その名は広く知られるようになった。店のオープンは1992年。しかし、その歴史は遥か以前へと遡る。大正元年創業の「鳥つね湯島天神前本店」が源流だ。本店はもともと鶏肉の卸商。戦後の昭和26年に飲食業へ転じ、鶏料理の名店へと成長してきた。
自然洞が誕生した背景には、山本晃彦先代社長と、現店長・佐々木久哉氏による「日本一の鶏料理店をつくる」という揺るぎない志があった。ふたりが目指したのは、唯一無二の鶏料理。当時、鶏料理専門店でもブロイラーが当たり前だった時代に、秋田県の比内地鶏、愛知県の名古屋コーチンの生産者を1軒1軒訪ね歩いた。そして飼育環境から締め方まで、すべてを自らの目で確かめたうえで、納得できる生産者とだけ取引をする。その姿勢は今も変わらない。
グルメサイトではランチの親子丼が有名だが、この店の真骨頂は夜にある。地鶏が供されるのは夜のコースのみ。鳥スープ鍋、鳥すき焼き、そして鍋なしのおまかせ料理の3種があり、とりわけ不動の人気を誇るのが鳥スープ鍋だ。前菜と鳥しんじょを合わせたシンプルな構成が9,000円、刺身付きが12,500円、焼き物まで付くフルコースが14,000円。

店の顔である店長・佐々木久哉さん。地鶏の魅力を知り尽くす職人だ。

落ち着いた趣の2階座敷。障子と朱塗りの卓が、鍋の時間に静かな緊張感を添える。

前日に締められた地鶏を、その日のうちに店で丁寧にさばく。滋味の源は、この仕込みから生まれる。
比内地鶏と名古屋コーチン。
2つの個性が鍋の中で立ち上げる滋味
卓上に据えられた銅鍋には、澄んだ鶏ガラスープが静かに張られている。火が入ると、仲居さんがまず比内地鶏の上もも肉をそっと沈める。肉色が変わるにつれ、スープの表面には薄い脂の膜が広がり、香りがふわりと立ち上がる。「さっ、どうぞお召し上がりください」と促され、ポン酢につけて口へ運ぶ。しなやかな脂身の下にあるもも肉は、心地よい歯ごたえとともに、噛むほど濃厚な滋味が溢れ出す。日常的に口にしているブロイラーとは似て非なるものだ。飼育環境や餌の違いもあるが、何より鮮度が際立つ。前日に締めた鶏を、当日に店でさばき、鍋へと運んでいるのである。
続いて名古屋コーチン。力強い旨味と透明感を併せ持ち、比内地鶏とはまた別のベクトルの滋味を見せる。同じ「鶏」がここまで違うとは、半世紀以上生きてきて初めて知る驚きである。レバーは火を通し過ぎないよう、さっと潜らせる程度。思わず笑みがこぼれるほどやわらかい。ハツは噛むほど甘みが滲む。肉を食べ終える頃には、鍋の中では旨味が幾重にも重なり合い、透明だったスープは黄金色の輝きを帯びていく。その出汁を吸った野菜は、肉とは異なる第2のピークを迎える。
そしてクライマックスが自家製つくねだ。比内地鶏の脂とひき肉を丹念に擦り合わせ、 中央に卵黄を落としたものを、仲居さんが手際よく混ぜ、卵大に丸めて鍋へ。広がる香り、舌に乗った瞬間の密度のある旨味。鶏料理に人生を捧げてきた佐々木店長の哲学が、強烈に伝わってくる。
この鍋を支える影の主役が、自家製ポン酢である。レモンもスダチもすべて手搾り。仲居の佐竹たえさんは「毎年9〜10月にかけて、レモン140個とスダチ5キロを週2回搾ります。徳島・神山町でスダチが採れるのが9月なので、この2か月で1年分のポン酢を作るんです」と語る。ベースはヤマキ醤油の御用蔵に千鳥酢、たまり醤油、みりんを合わせ、さらに鰹節と昆布の出汁を重ねる。「市販品に切り替えようかと悩んだ時期もありました。でも、スタッフ全員が薬っぽい香りがしてダメと言うので、やっぱり手作りを続けています(笑)」と佐竹さん。酸味と旨味の輪郭が鮮明に立ち上がるのは、この惜しみない手間ゆえだ。

比内地鶏と名古屋コーチン。上もも、下もも、レバー、ハツ― 2つの地鶏の個性がここに並ぶ。

脂と身を丹念に摺り合わせたつくねに卵黄を落とす。この滑らかさが鍋のクライマックスを支える。
雑炊で静かに幕が下りる。
和室で味わう鶏料理の時間
肉、野菜、つくね。すべてを食べ終え、鍋の旨味が最も濃くなったところで、締めの雑炊へ。「土鍋だと焦げやすくて、最後までスープを使い切れなかったんです。だから銅鍋にしました」と佐竹さん。極上のスープをまとった米は、口に含むとやわらかくほどけ、ひと口ごとに五臓六腑へ沁み渡っていく。つい先ほどまでの高揚感がすっと静まり、美しい余韻へと変わっていく。
2階席は、落ち着いた和室が3部屋。朱塗りの卓、障子越しのやわらかな明かり、籠の照明がほのかに灯り、鍋を囲む時間に自然と集中できる。外神田の喧騒がすぐそばにあるとは思えない、穏やかな空間だ。
比内地鶏と名古屋コーチン。2羽の鶏が1つの鍋で響き合い、旨味を重ねて物語を紡いでいく。鳥つね自然洞は、単なる鶏料理の店ではない。地鶏という素材の力と奥深さを、正しく伝えるための場所なのである。

地鶏の脂とひき肉を合わせた自家製つくね。鍋に落ちた瞬間、旨味がふわりと広がる。

鍋の旨味を余すことなく吸い込んだ雑炊。高揚が静寂へと変わる、締めくくりの一椀。
レポート◎山根和明(広報委員会)
食いしん坊手帖 vol.34
東京都千代田区外神田5-5-2
電話:03-5818-3566
- 営業時間
【月~土】
11:30~13:30/17:30~22:00(L.O.21:00)
- 定休日
日曜・祝日 - 席 数
30席(1階:カウンター6席+テーブル8席/2階:座敷16席) - 備考
個室あり(2~8名)
ランチ(親子丼)と夜(地鶏コース)で営業内容異なる。夜は地鶏(比内地鶏・名古屋コーチン)を使ったコース中心
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