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vol.33|笹巻けぬきすし総本店

2025.12.01

笹が包む三百年の“粋”
今に息づく、江戸の寿司

お茶請け感覚で店内で賞味できる3個入り(826円)。左からかんぴょう巻き(のり巻き)、おぼろ、玉子。

けぬきすしのルーツ

早いもので、今年も師走だ。年末年始にかけてよくテレビで放送される時代劇といえば、「忠臣蔵」である。元禄15年(1702年)12月、赤穂浪士が吉良邸に討ち入り、主君の仇を討った。深夜、雪の中で決行されたこの出来事は、300年以上経った今も語り継がれている。そしてこの年に江戸で生まれ、今でも食べ継がれている寿司が笹巻けぬきすしである。
「元々は昌平橋の辺りにあったようです。今のこの場所に移ったのは関東大震災の後です」と話すのは12代目である宇田川洋子さん。
この一風変わった寿司には、戦国期の兵糧の知恵が息づいている。戦場では、炊いた米を殺菌作用のある笹で包み、携帯食として持ち運んだ。その故事を手がかりに、初代・松崎嘉衛門が寿司に応用したのが始まりとされる。
嘉衛門は酢と塩でしっかりと締めた魚を笹で巻く“笹巻鮨”を考案した。冷蔵技術のない時代、傷みやすい魚を少しでも長く、そして安全に美味しく味わうための工夫だった。やがてその味は評判を呼び、武家屋敷にも広がる。武家の上客が来店した際、職人が魚の小骨を毛抜きで丁寧に抜いて仕立てる姿を見て、「面白きことよ」と褒め称えたという逸話が残る。この毛抜きの仕事が人々の記憶に残り、笹巻鮨は笹巻毛抜鮨と呼ばれるようになった。
当時の絵草紙には、御殿勤めの人々が宿下がりの土産として笹巻毛抜鮨を携える姿が描かれている。人形町「松が鮨」、両国「与兵衛」とともに江戸三鮨と呼ばれ、江戸名物として親しまれた。明治・大正と暖簾分けで店は都内に広がったそうだが、時代を経て、いま暖簾を守るのは神田小川町のこの店1軒のみ。300年以上、手仕事と志は1本の線のように続いている。

風情ある店先。300年を超えて受け継がれる暖簾が出迎える。

世界一クールな街に選出

英国の都市情報メディア『Time Out』が9月に公表した「世界で最もクールな街 2025」で、神田・神保町が第1位に選ばれた。古書店だけでなく、老舗の飲食店、インディー系書店、個性的なカフェが集まり、文化と暮らしが自然に交わる街として評価されたのだ。
この世界一クールな街を舞台にした小説「古本食堂」(原田ひ香著)は、神保町の古書店を舞台に、本と食、そして人の縁が織り重なる物語だ。物語の中には、欧風カレーの名店「ボンディ」や中華の老舗「揚子江菜館」、当コーナーでも紹介した「ブックハウスカフェ」などが実名で登場する。そして手土産として登場するのが「笹巻けぬきすし」。
「かんぴょう巻きはぎゅっと巻かれていて、でも、固すぎず、柔らかすぎず。寿司飯とかんぴょうがしっくりなじんで、醤油なんてなくても十分おいしかった。たぶん、寿司飯に塩味がしっかりついていたのだろう。決して濃すぎない味で、とてもとてもおいしかった。(中略)玉子焼きの味は甘くない。塩味の玉子焼きがしっかりした味付けの寿司飯をくるんでいる。これまた、そのまま食べてもとてもおいしい。」(「古本食堂」より抜粋)6つの物語それぞれに実在の飲食店が登場する中で、第1話に据えられているのが笹巻けぬきすしだ。描写も長く、著者の思い入れが伝わってくる。

こぢんまりとした店内。タイミングが合えば夕方まで営業していることも。

折詰は5個入りから30個入りまで多彩に揃う。手土産にも喜ばれる逸品。

江戸の粋が詰まった老舗店

開店は午前10時。店内にはテーブルが3卓。11時半からは平日限定の丼ランチが出るが、なくなれば終了。あくまで基本は折詰のテイクアウトで、店内で折を開いて楽しむこともできる。折詰は5個入り(1,516円)から100個入り(30,639円)まで揃い、用途もさまざまだ。
今回は10個(2,975円)をいただいた。10個入りでちょうど米1合分だそう。青い熊笹に包まれ、折箱に整然と収まる姿は、華やかではないが上品で、気持ちが引き締まる。笹に巻かれているのでパッと見では中身がわからない。笹の下から出てきたのはマダイ、コハダ、エビ、玉子、かんぴょう、おぼろ。
まずコハダから。口に入れた瞬間、シャリの酸味がはっきり立つ。塩味が充分についているので醤油はいらない。魚は基本的に塩漬けで1晩寝かせ、その後3〜4日酢締めにするという。「保存の知恵」から生まれた味だと実感する。マダイも締まりがよく、酢の深みと魚の旨みが重なる。普通の握り寿司に比べて、シャリがぎっしり詰まっている印象を受ける。噛むほどに米の甘みがにじむ。
「これでも以前に比べれば大分優しくなったようですよ。冷蔵庫が一般的ではなかった戦前はもっと塩っぱかったそうです」と宇田川さん。
玉子と、かんぴょう巻き(のり巻き)。ふつうの江戸前寿司なら脇役だが、ここでは違う。どちらも、しっかり主役を張れる。玉子は何といっても甘くない。これがまた、酢の利いたシャリとよく合う。やはり、砂糖が貴重品だった江戸時代の名残なのだろうか。かんぴょう巻きも、甘ったるさが全くない。むしろ、シャリの塩味と海苔の風味を引き立たせている。酒が欲しくなる。この玉子、のり巻き、おぼろの3個セットを、店の中で味わうことができる。
「どこかの大学教授が、午後に本を読みながらこの3つだけを食べたいということで、メニューにしてみました」と宇田川さん。ちょっとしたお茶請けにしていく常連もいるらしい。わかる気がする。年々、店を訪れる外国人も増えているという。
「塩っぱくて食べられないから止めたほうがいいですよと最初に言ってあげるんです」と朗らかに笑う宇田川さん。折詰の寿司のように江戸の「粋」がぎゅっと詰まった老舗店であった。

10個の握りが整然と並ぶ折詰。笹を開いて初めて中身がわかる楽しさがある。

塩と酢でしっかりと締められたマダイ。凛とした酸味の奥に、旨みと余韻が広がる。

塩だけで味を整えた玉子焼き。甘さを抑え、酢の利いたシャリと相性抜群。

かんぴょう巻きも主役級の存在感。

レポート◎山根和明(広報委員会)

食いしん坊手帖 vol.33

笹巻けぬきすし総本店

東京都千代田区神田小川町2-12
電話:03-3291-2570

  • 営業時間
    10:00~18:30
  • 定休日
    日曜・祝日
  • 席 数
    テーブル3卓(店内で折詰を飲食可)
  • その他
    季節限定の丼ランチあり
    (11:30~、丼ランチはなくなり次第終了)

当ページに掲載している情報は、『法人なかま』発行当時のものです。現在の情報とは異なる場合がございますので、あらかじめご了承ください。

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