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vol.21|かんだやぶそば

2024.12.01

現代に打ち継がれる伝統の江戸前蕎麦

緑っぽい色をした「せいろうそば」。

江戸時代に隆盛を極めた伝説の蕎麦屋

東京都の歴史的建造物に選出され、神田のランドマークにもなっていた1923年築、数寄屋造りの「かんだやぶそば」が半焼してから早11年。2014年10月に新店舗で営業を再開してから10年の節目を迎える。
「思い出したくもないですが、再建するにあたり、郊外に広い土地を買い、団子坂蔦屋のような粋な蕎麦屋を作ろうかなんて、父と話したこともあるんです。もっとも、神田界隈でこの先、これだけの広さの土地を持つことは不可能なので、ここでまた一からやり直すことにしましたが」と語るのは、かんだやぶそば5代目の堀田康太郎さん。団子坂蔦屋とは、幕末から明治にかけて今の千駄木界隈にあった蕎麦屋である。260年にわたり天下泰平の世が続いた江戸時代、人口は100万人以上に膨れ上がり、世界最大の都市を形成していた。早くて安くて美味い上に健康的な食べ物だった蕎麦は江戸っ子のソウルフードであり、4,000軒もの蕎麦屋が軒を連ねていたと言われる。その中でも、隆盛を極めていたのが団子坂蔦屋である。展望のいい2,000坪以上とも言われた広大な敷地の中に竹藪を整備し、名石を置き、滝まで造った。この風流な庭の中の趣向を凝らした離れ座敷で蕎麦をすする。これが江戸中の評判になり、大繁盛した。蔦屋の初代三輪伝次郎は武家の出身で、庶民のファストフードだった蕎麦を、武家や上流階級でもじっくり味わえ、かつ社交の場にもなるような全く新しい空間を創ったのである。

1階フロアも平時は予約可能だが、年末年始の予約は受け付けていない。

都心の一等地にも関わらず、風情ある中庭が整備されている。

5代目が語る藪蕎麦の歴史

蕎麦の歴史に詳しい新島繁さんの『蕎麦の事典』によると、藪蕎麦という蕎麦屋が文献に出てくるのは江戸時代中期からとのこと。当時、江戸っ子はお店を屋号ではなく愛称で呼んだそうで、美味しい蕎麦屋のことを薮と呼ぶようになっていたという。そのため、団子坂蔦屋も団子坂藪蕎麦という名で通っていた。
「明治13年に、砂場系の蕎麦打ち職人だった堀田七兵衛が、神田連雀町(現須田町)にあった団子坂藪蕎麦の支店を3代目三輪伝次郎から譲り受けたのです。そして店名を連雀町藪蕎麦に改名し、関東大震災後にかんだやぶそばになり、現在に至るわけです」と5代目。一時代を築いた蔦屋は明治の終わりに廃業。一方、藪蕎麦は堀田七兵衛の経営の才覚により成長を続けた。七兵衛の三男である堀田勝三が大正2年に台東区雷門で創業したのが「並木藪蕎麦」で、さらに勝三の三男である堀田鶴雄が昭和29年に文京区湯島で創業したのが「池の端藪蕎麦」である。この三軒は藪御三家と言われたが、池の端藪蕎麦は平成28年に閉店した。
一方、かんだやぶそばで堀田七兵衛の元で修行をした鵜飼安吉が明治25年に暖簾分けとして独立したのが「上野藪そば」であり、同じく暖簾分け2号店を弟子の多田与四太郎が明治37年に開店したのが「浜町薮そば」である。

四季折々の旬の素材を使った蕎麦も人気。写真は例年9〜10月にラインナップされる松茸そば。年末年始にかけては、牡蠣そばやあられそばがラインナップされる。

旬の素材をからりと揚げた「季節の天ぷら」(1,980円)も人気メニュー。

蕎麦つゆが濃い理由

新店舗になって10年目とはいえ、都心の一等地に石垣と緑に囲まれた数寄屋造りの建物からは、歴史と格式が感じられる。店内は木の温もりとどこか懐かしい江戸の雰囲気が漂っている。全国から蕎麦好きがやってくるだけに、平日の昼時でも常に賑わっているが、その喧騒の中に、「いらっしゃ~い~」、「せいろういちまい~」と和歌を詠むかのような店員さんの声が響く。名店とはいえ、今では注文をPOS で機械的に取るところが大半だが、かんだやぶそばでは江戸時代から続いてきた掛け声でのオーダーに今でもこだわっている。
ところで、同店の蕎麦はなぜ、緑っぽい色をしているのだろうか。田舎蕎麦が黒っぽいのは、蕎麦の実を丸ごと挽くためである。これにより外皮が混ざり、色が濃くなり、風味も豊かで香ばしくなる。一方、その対極ともいえる更科系の蕎麦は、蕎麦の実の中心部分(一番粉)のみを使って挽くため、白くて淡い色合いになる。風味は控えめだが、口当たりが良いのが特徴だ。一般的な蕎麦は、更科粉の外の二番粉、さらにその外の三番粉を主に使ったもので、やぶそばはさらにその外側の甘皮も適度に引き込んでいる。これにより、甘さと香りが増すのである。そして、打ってすぐ茹でると若干緑っぽくなる。
「特に夏場など蕎麦が痛みやすい時期に、茹でた蕎麦が赤っぽくなることを経験した方は少なくないと思います。蕎麦は古くなると赤くなるんです。初代七兵衛は、夏場でも清涼感のある緑っぽい色を出すべく試行錯誤して、蕎麦の若芽を一緒に引き込んで緑色の蕎麦を作ることに成功しました。今は蕎麦の若芽ではなく、クロレラを用いてあの色を創り出しています」と5代目。
もう一つ、かんだやぶそばの特徴といえば、辛口の蕎麦つゆである。濃いめと言われる江戸前蕎麦の中でも、一際辛いことで有名だ。一般的に蕎麦つゆの元になるかえしは、熱した醤油の中に砂糖とみりんを加えて作られる。この本がえしに対して、かんだやぶそばは醤油を熱せずに砂糖を加えただけの生がえしを用いている。
「箸を置かずに一気に蕎麦を食べるのが江戸っ子であり、だから蕎麦つゆは少しだけ付ければいいように濃いめに作られたなんて説もあります。それはさておき、うちの蕎麦は蕎麦粉10に対して小麦粉1と蕎麦粉が多い配合なので、蕎麦つゆを吸収しやすいということがあります。また、寿司を食べる時に醤油をべったり付けてしまうと、魚の味がわからなくなってしまいますよね。それと同じで、蕎麦の風味を楽しむには、あまり蕎麦つゆに付けない方がいいんです。とはいえ、一番大切なのは自分の好きな食べ方で食べるということだと思います。蕎麦つゆが薄いと、付け方で味の調整ができませんよね。少しだけ蕎麦つゆに付けてみて、もっと味が欲しいと思ったら、次は半分くらい付けてみればいいんです」。江戸前蕎麦というと、いろいろな蘊蓄を語る向きもあるが、あまりそういうことにとらわれないで好きに食べてもらうのがいいと5代目。
新店舗になってから2階席には6席、6席、8席の個室が3室設けられ、最大20人の宴会が可能になった。例年、年末年始の繁忙期はコース料理を用意できないため2階席をクローズしていたが、昨年から年末年始でも、2階席の予約を受け付けることにした。コース料理ではなくアラカルトの90分制だが、あの長蛇の列に並ばなくていいというのは嬉しいかぎりである。
2度の火災にも負けずに暖簾を守り続けて144年。江戸っ子が愛した蕎麦屋には今、国内はもとより世界各国から多くのお客が、伝統の味を求めてやってくるようになった。

年始の繁忙期も、2階席のみ予約を受け付けている。

2022年に5代目に就任した堀田康太郎さん。伝統をどのように守っていくのか日々奮闘している。

レポート◎山根和明(広報委員会)

食いしん坊手帖 vol.21

かんだやぶそば

東京都千代田区神田淡路町2-10
電話:03-3251-0287

  • 営業時間
    11:30~ラストオーダー20:00
  • 定休日
    毎週水曜日
    ※年内は31日まで営業。年始は4日から営業。詳細は HP にて。
  • 席数
    1階 77席(テーブル席:73席/小上がり席:4卓)
    2階 20席(個室3部屋(6人/6人/8人))

当ページに掲載している情報は、『法人なかま』発行当時のものです。現在の情報とは異なる場合がございますので、あらかじめご了承ください。

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