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vol.14|明神下 神田川本店

2024.05.01

創業1805年時空を超える伝統の江戸前鰻

焦げひとつない見目麗しい蒲焼が2切れ載ったうな重(大)

店名の由来

昌平橋通りを上野方面へ向かい、神田明神下交差点を過ぎると左手に黒塀の風情ある木造二階建てが現れる。「明神下神田川本店」である。鰻屋というよりは老舗旅館という佇まいだ。創業1805年。明治維新後の1870年に現在の場所に店を構え、店名を「神田川」とした。我々のよく知る神田川から取ったのではなく、当時の店主の母方の出身地が相州神田村(今の平塚市辺り)であり、名字が宇田川だったので、「神田川」と命名したそう。現在の店主、神田茂さんは11代目。
「江戸時代、この辺りには幕府の賄い方の屋敷があり、御台所町という町名だったそうです。今は入り混じっていますが、御徒町とか麹町とか「町」を「まち」と読むのは武家エリアで、連雀町とか鍛冶町とか「ちょう」と読むのは町人のエリアだったんです。初代三河屋茂兵衛はここの御家人だったのですが、幕末の御家人は決して裕福ではありませんでした。当時、ウナギの蒲焼は寿司と天ぷらと並ぶ幕末の三大ファーストフードとして人気を博していました。初代は思い切って御家人株を売って、それを元手に鰻屋を始めたんです。当初は今の万世橋のたもとで屋台店を開いていたそうです」と11代目は語る。

正座や胡坐をかけないお客が増えているということで、日本間にテーブルを置いた部屋が4部屋ある。風情ある中庭を愛でながらの食事は格別である。

2階にはご覧のような日本間が続いていて、以前は間仕切りを取って30人くらいの宴会も受けていたというが、ここ数年は人手が足りず最大で10人ほどに留めているという。

昌平橋通り沿いに建つ風情ある木造2階建て。関東大震災と東京大空襲で二度全焼し、現在の建物は昭和27年に再建されたもの。

「串打ち3年、裂き8年、焼き一生」

部屋数は全部で7つ。すべて落ち着いた日本間だが、昨今のライフスタイルの変容を鑑み、4部屋はテーブル席にしてあり、残りの3部屋は座敷席。以前は全部屋で40人くらいを入れていたというが、近年は人手が間に合わず10〜20人くらいしか予約を受け付けていないそう。相席にはしないため、仮に一人で予約しても、一部屋をあてがわれる。
注文を取ってから生きたウナギをさばいて調理するため、状況によっては一時間ほど待つ場合もある。石灯籠の周りに古木が茂る緑の中庭や室内の調度品を愛でていると、待ち時間という概念が霧散する。むしろ、都心のど真ん中の癒し空間に一刻でも長く居続けたくなる。
以前は宮城県産の天然ウナギも扱っていたが、東日本大震災以降、入荷が困難になったので、今は養殖ものを使っている。ベースは国産だが、国産で良質のウナギがなければ輸入ものも使う。産地にこだわらずに、魚体の状態を見てベテランの板さんが決める。生きたウナギを背開きにしたら、血合いなどの汚れをきれいに取り除き、串を4~5本打つ。身の真ん中に等間隔に平行に打つには熟練の技が必要で、「串打ち3年、裂き8年、焼き一生」という格言もある。
「うちの職人は蒲焼の場合は串を打ったままの状態で出しています。それほど串打ちに自信があるというわけです(笑)」と神田さん。
串を打ったら炭火で白焼きにする。皮目に脂が浮きだしてきたら蒸し器にかける。蒸すことで身が柔らかくなり、不 要な脂が抜け落ち、臭味が消えるそう。20〜30分蒸した後、江戸時代から脈々と受け継がれている秘伝のタレにつけて炭火で焼く。

「タレに付けるのは3回です。とにかく焦がさないように、炭火の火を調整したりウナギの位置を調整します。タレを付けてからは団扇をあまり使いません。煙でいぶすイメージです。言ってみれば、蒲焼は燻製のようなものなんです」

整然と打ち込まれた串。この串打ちを見ただけで、調理人の技量が分かる。今はオガ炭だが、それでも炭火焼きにこだわり続ける

味の年輪

11代目に興味深いお話をうかがっていると、お待ちかねの「竹」がやってきた。ランチの「竹」はうな重(大)、お新香、赤だしで6,600円。うな重(大)では4本口(1kg あたり4尾で、1尾約250g のウナギ)が1尾使われている。さっそく、重箱の蓋を開ける。焦げ目がまったくない、上品な照りをたたえる蒲焼が2枚。醤油の香りが、つ〜んと鼻腔に届く。一呼吸置いてからウナギを口に含む。ふんわりほくほくでとろけるような食感。タレの辛さとウナギの脂が精妙に混じり合い、その旨味の中に炭の香りがほのかに香る。
「味のドーナツ化現象なんて揶揄されますが、ウナギのタレは都心から離れるほど甘くなるという説があります(笑)。うちの付けダレは秘伝とか偉そうなこと言っていますが、醤油とみりんを1対1で煮詰めているだけです。ウナギの脂や炭の成分が溶け込んだ付けダレに継ぎ足しを重ねてきました。戦時中は人よりタレを先に疎開させていたそうです」
味の年輪とでも言おうか。幕末から受け継がれてきた江戸前の蒲焼は、年を重ねるごとに深味を増しているのだった。

※金額は『法人なかま』発行当時のものです。

白焼き。白焼きや蒲焼は串を打ったまま出される。串は等間隔かつ平行で串先をあまり出さずに焼き上げるのが腕の見せ所。

うざく。うざくには錦糸卵やミョウガが入っていることがあるが、神田さんいわく「う」(ウナギ)と「ざく」(キュウリ)のとおり、本来はウナギとキュウリだけだという。

板張りの廊下に趣のある掛け軸が。店内には興味深い調度品が所々に置かれている。

現在の店主、11代目の神田茂さん。

レポート◎山根和明(広報委員会)

食いしん坊手帖 vol.14

明神下 神田川本店

東京都千代田区外神田 2-5-11
電話:03-3251-5031

  • 営業時間【火~土】
    11:30〜14:30 / 17:00〜21:00
  • 定休日
    月曜日・日曜日・祝日

当ページに掲載している情報は、『法人なかま』発行当時のものです。現在の情報とは異なる場合がございますので、あらかじめご了承ください。

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