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vol.42|過橋米線 秋葉原店

2026.09.01

中国南端の食卓を、秋葉原で。

過橋米線(かきょうべいせん)。あつあつのスープに沈めた米線を持ち上げると、つるりとした光沢とともに湯気が立ちのぼる。豚肉や湯葉、青菜を合わせ、目の前で仕立てて食べる。

中国最北端から、最南端の料理へ

蔵前橋通り沿い、末広町交差点近く。雲南料理専門店「過橋米線秋葉原店」は、街に静かに溶け込んでいる。かつては年配夫婦が営む焼き魚の定食屋だったという場所に、この店が暖簾を掲げて22年になる。
店主の岸川利男さんは、中国黒龍江省ハルビンの出身。冬にはマイナス45度まで冷え込むという極寒の地で育った。今年60歳になるが、年齢を感じさせない快活な人柄で、終始よく笑いながら取材に応じてくれた。「父が日本人なんです」。母は中国人だが、日本国籍を持つ父のおかげで、来日時にはすぐ日本の戸籍に入ることができたという。1989年に来日し、しばらくはサラリーマンとして働いていた。
転機になったのは、日本に遊びに来た親戚のひと言だった。彼女は日本の中華料理を食べ歩いた末、故郷・雲南の米線料理が恋しいとこぼした。半信半疑で東京を探し回った岸川さんだったが、雲南料理を出す店は一軒も見つからなかった。それなら自分でやろう─そう決めたのが、開業のきっかけだった。
ただし、岸川さん自身は雲南料理を作れない。ハルビン育ちの岸川さんにとって、雲南の食卓はもともと縁のない、いわば「未知の南の味」だった。それでも店を開くと決めたとき、迷わず現地から料理人を呼び寄せた。以来22年間、厨房に立つのは常に雲南や四川から招いたシェフたちで、岸川さん自身は一度も鍋を握っていない。
ハルビンと雲南省とでは、気候も料理もまるで違う。羊肉や辛味を多用する北の料理と、キノコや米麺を軸にした南の料理とでは、勝手がまったく異なるのだという。最盛期には東京だけで6店舗を構え、池袋や吉祥寺、中野坂上にも出店していたが、現在はこの本店と日暮里店だけが直営店だ。

過橋米線のルーツ

過橋米線の具材一式。スープ、豚ロース・鶏肉・ハム・チャーシューの薄切り、米線、もやしと小松菜・湯葉に分かれて供され、客自身の手で熱いスープに沈めて仕立てる。

自らは厨房に立たない岸川さんが、料理人に求め続けてきたことはただ一つ。現地の味を、現地のやり方のまま日本に運ぶことだ。その姿勢が最も色濃く出るのが、店名の由来にもなった「過橋米線」である。「かきょうべいせん」と読む。
名前の由来には、こんな言い伝えがある。清代、雲南省の書生が科挙合格を目指し、湖に浮かぶ小島にこもって勉強していた。妻は毎日食事を運んだが、橋を渡るうちにいつも冷めてしまう。ある日、鶏を煮込んだ熱いスープの表面に鶏油が浮き、それが蓋の役目をして時間が経っても冷めないことに気づいた妻は、生の具材と米線(米を原料に作られる雲南名物の麺)を橋を渡って届け、着いてから熱々のスープに投入するようになった。夫はやがて科挙に合格し、この料理は「橋を渡って届けられた米線」を意味する「過橋米線」と呼ばれるようになったという。
もう一つの名物が「汽鍋鶏(チーコージー)」。中央に煙突状の筒がある専用の陶製鍋「汽鍋」─タジン鍋にも似た形状だ─を、この店では何段にも重ねて蒸す。下段の鍋から立ちのぼる蒸気が上段の鍋へと伝わり、水を一切加えずに蒸気だけで5時間かけてじっくり火を通していく。味付けは生姜と塩のみ。具材は地鶏と生姜、そして血行を良くするとされる「虫草茹」を加える。地鶏は茨城県日立市から取り寄せ、スープの土台にしている。「本当はこのスープが一番重要なんですよ、具よりも」。仕込める量は1日8人前が限度で、人気メニューのため予約が要る。
こだわりはキノコにも表れている。白、黄、茶と色の違う数種類のキクラゲを使い分け、200種近いキノコ料理を揃える。ただし近年は輸入事情が厳しくなり、松茸は雲南からの直接輸入がほぼ止まった。雲南では、じゃがいももまた欠かせない食材だ。現地では「洋芋」と呼ばれる。当店の人気メニュー「千焙洋芋」(中国語で干煸洋芋絲)は生のじゃがいもを細切りにし、そのまま多めの油で片面をこんがり焼き付ける。じゃがいものでんぷん質が自然につなぎとなり、余分な油を落として仕上げる。中華鍋の強火があってこそ生まれる、外はパリパリ、中はほくほくの食感だ。外側はポテトチップスのように香ばしく、中はハッシュドポテトのようにほくほく。

汽鍋鶏(チーコージー)。中央に煙突状の筒がある専用の陶製鍋「汽鍋」で、水を使わず蒸気だけで数時間かけて火を通す。地鶏と生姜、当帰、虫草茹のみで仕立てた透明な黄金色のスープ。

千焙洋芋(干煸洋芋絲)。細切りにしたじゃがいもを多めの油でこんがりと焼き付ける一皿。外はパリパリ、中はほくほくの食感で、唐辛子の香ばしさが利く。

湯気の向こうに、雲南の食卓

汽鍋鶏の蓋を開けた瞬間、薬膳の香りを乗せた湯気がまっすぐに立ちのぼった。スープは透明に近い黄金色で、油の輪郭さえほとんど感じさせない。ひと口すすると、地鶏の旨みが静かに広がり、後から生姜の芯のある辛みが追いかけてくる。無加水で蒸気だけから抽出したというスープは、驚くほど雑味がない。「具より、このスープが一番重要なんですよ」という言葉に、素直にうなずける一杯だった。
過橋米線は、目の前で仕立てる過程そのものが見せ場だった。煮えたぎるスープの器に、まず薄切りの豚肉、鶏肉、ハムを次々と滑り込ませる。生の肉が熱いスープに触れた瞬間、白く色を変えていく。続いてキノコと青菜、もやし、湯葉を加え、最後に米線を沈める。湯気が一気に立ち上り、鶏油の層が表面をゆっくりと覆っていく。すすってみると、米線はつるりとした喉越しで、ラーメンよりも軽やかに喉を通っていく。スープはあっさりとした塩味の奥に、鶏の脂の甘みが効いていた。
夜の看板は、2時間で全メニュー100種類以上を注文できる食べ放題・飲み放題コースだ。ここでいう「全メニュー」とは、食べ放題専用に用意された別メニューではなく、通常のアラカルトメニューをそのまま指す。「うちのこれ、全部ですよ。特別に別メニューを用意しているわけじゃない」と岸川さんは言う。
コロナ禍を経て一時価格を見直したが、現在も一人4,980円という破格値。飲み放題には生ビール(サッポロ)や紹興酒、ハイボールなども含まれる。団体の貸切利用も多く、30人からの受付で、これまで最大45人が入ったこともあるという。

※金額は『法人なかま』発行当時のものです。

店内の様子。カウンターとテーブル席を備え、落ち着いた雰囲気の中で本格的な雲南料理を楽しめる。

店主の岸川利男さん。中国黒龍江省ハルビンの出身。今年60歳になるが、年齢を感じさせない快活な人柄で店に立つ。

レポート◎山根和明(広報委員会)

食いしん坊手帖 vol.42

過橋米線 秋葉原店

東京都千代田区外神田6-5-11
MOA ビル1F
電話:03-3835-7520

  • 営業時間
    11:30〜14:30/17:00〜23:30
    (要確認)
  • 定休日
    無休
    (年末年始12/31〜1/3のみ休業)
  • 席数
    応相談/個室・貸切対応可(30名〜45名程度)
    ※ 2時間食べ放題・飲み放題コースあり(全メニュー100種類以上が対象)

当ページに掲載している情報は、『法人なかま』発行当時のものです。現在の情報とは異なる場合がございますので、あらかじめご了承ください。

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