入会案内
お問い合わせ

vol.36|シャン・ドゥ・ソレイユ

2026.03.01

神田で味わう、修道院ビールと
ベルギー郷土料理

ムール貝の白ワイン蒸し。岩手県山田町から届く生のムール貝を、強火で一気に蒸し上げる。ベルギーでは1人前が1.5kgもあるそう。写真は同店のスモールサイズ(700g)で3,000円。この他、赤ワイン蒸しやトマトやニンニクが入った田舎風など、いろいろな種類がある。

ベルギーはビールの王国

神田駅西口から徒歩5、6分。赤レンガの壁に小さなランプが灯る瀟洒な建物がある。三連の半円窓には優美なレースのカーテンがのぞき、ベージュのオーニングには「Champ de Soleil」と記されている。シャン・ドゥ・ソレイユ。ベルギー語で太陽の広場。ここは、東京でも珍しいベルギー料理専門店である。出迎えてくれたのは、白衣姿のオーナーシェフ、原田延彰さんだ。穏やかな笑顔の奥に、30年以上この場所でひとつの料理文化を伝え続けてきた料理人の時間が滲む。
原田さんが料理の世界に入ったのは18歳。日本でフランス料理の基礎を学び、次は本場へと渡るつもりだった。しかし当時、フランスのビザは下りなかった。代わりに縁があったのが、隣国ベルギーの首都ブリュッセルだった。「美食の国と言われるフランスの隣に、三つ星レストランが3つもある小さな街があると聞いて、興味を持ったんです」。21歳から23歳までの3年間、原田さんはブリュッセルで厨房に立った。そこで出会ったのが、ベルギーの家庭料理だった。派手さはないが、歴史と個性があり、日常に根ざした料理。我々にも馴染み深いフライドポテトは、ベルギーが発祥なのだという。そして何より印象的だったのが、ワインではなくビールで煮込み、ソースをつくる文化だった。「ベルギーはビールで煮る国。フランスがワインなら、こっちはビール」。苦味や酸味のあるビールを玉ねぎなどの野菜と合わせ、時間をかけて味を整えていく。その発想に、原田さんは強く惹かれた。
帰国後、26歳の夏に店を開いた。父の会社が建てたこのビルを、1階から3階まで店として使うという、いま思えば大胆なスタートだった。ベルギーはドイツと並ぶビール王国で、ビールの種類は実に1,000を超える。しかし当時、日本に入ってくるベルギービールは10種類ほど。「ほとんど知られていなかった」。それでもベルギー料理を名乗ったのは、料理人としての直感が、日本でも必ず受け入れられると告げていたからだ。一風変わったビルのデザインも、ベルギーの街角にあるレストランをイメージしたそう。

賑やかな高架下から一本入った路地に建つ。

落ち着いた雰囲気の店内。料理の味をじっくりと楽しめる。

国産のムール貝にこだわる理由

この店を訪れたなら、ぜひ修道院ビールを賞味していただきたい。現在は80種ほどのベルギービールを取り扱っており、見慣れないさまざまな銘柄がメニューに並ぶ。まずは代表的なブランドのひとつ「シメイ」の「ブルー」をいただく。深い琥珀色の液体に泡が静かに乗る。
「アルコール度数が9度ありますから、ゆっくり飲んでください」とオーナーシェフ。修道院ビールは、ベルギーを中心に、修道院の管理下で造られるビールのことを指す。中世ヨーロッパでは水質が不安定だったため、煮沸工程を伴うビールは水より安全な飲み物とされ、修道士たちの生活を支えてきた。修道院ビールの中でも、とりわけ厳格な基準を満たしたものだけが「トラピスト」の名を名乗ることを許されている。現在、世界で正式にトラピストビールを醸造している修道院は十数か所のみで、その多くが今もベルギーに残されている。
高いアルコール度数と、熟成によって生まれる深いコクと香りが特徴で、嗜好品であると同時に、信仰と労働の歴史を映す飲む文化遺産でもある。「シメイ」は、その正真正銘のトラピストビールだ。グラスを傾けると、甘みとコクがゆっくり広がる。日本の喉越しとは違う時間が流れ始める。
看板料理の一つが、ムール貝の白ワイン蒸し。殻の黒さが艶を帯び、湯気の中に磯の香りがほのかに立つ。同店で用いられるのは三陸のリアス式海岸で育まれた生のムール貝。ムール貝というと、輸入ものというイメージが強いが、生きたまま火にかけたほうが食感も食味も断然違うという。原田さんは毎日、岩手県山田町から生きた貝を取り寄せている。届いた貝を、強火で一気に蒸し上げるのが身上だ。そうすることで、貝の旨味がプリッとした身に閉じ込められる。
食べ方にはちょっとしたコツがある。空いた貝殻をハサミのように持ち、ムール貝の身を取り出す。「こうするとピンセットになるんです」と原田さん。さらに「スープは殻を割ってスプーン代わりに」。料理は味だけでなく、食べ方まで含めて文化なのだと教えてくれる。これがまた、ベルギービールによく合うこと。

オーナーシェフの原田延彰さん。30年以上にわたり、ベルギーの郷土料理とビール文化を東京で伝え続けてきた料理人。

修道院ビール「シメイ ブルー」(1,650円)。トラピスト修道院で造られる伝統の一杯。高いアルコール度数と熟成感のある味わいは、煮込み料理との相性も抜群だ。

煮込み料理に欠かせないベルギービール

もう一つ欠かせないのが、牛ほほ肉のベルギービール煮込み。ベルギービールで約6時間煮込んだ牛ほほ肉を、煮汁とともに玉ねぎ、フォンドボー、シメイで作ったソースと合わせて真空調理し、さらに3時間ほど火を入れて、シメイの香りを芯まで含ませて仕上げる。ナイフを入れるとほろりとほどけるのに、形は崩れない。口に含むと、肉の旨味の奥から玉ねぎの甘みが立ち上がる。「ビールには独特の苦味や酸味がありますが、玉ねぎなどの野菜と合わせることで苦味や酸味が薄まり、味に奥行きが出るんです」。原田さんの言葉が、皿の上でそのまま伝わってくる。
デザートには、ベルギーワッフル。自家製バニラアイスにチョコレートソースを添えた一皿は、家庭菓子として親しまれてきた味を、丁寧に引き上げたものだ。ベルギー大使館に呼ばれ、料理を振る舞う機会が増える中で、そこで出会う要人たちからもいろいろなアドバイスを受けたという。このブリュッセル風ワッフルはゴディバの社長からも高評価をいただいたそう。チョコレート大国ベルギーの余韻が、静かに締めくくる。
「ベルギー料理を看板にするなら、現地で学んだ郷土料理の味をきちんと再現したいと思っていました」と原田さんは語る。自由なアレンジよりも、向こうで食べ続けてきた家庭の味を、きちんと伝えること。その姿勢を30年以上貫いてきた結果、気が付けば原田さんは、東京にとどまらず、日本でベルギー料理を語るうえで欠かせない存在になっていた。ベルギービールの普及に尽力してきた歩みは、ベルギービール協会から名誉騎士の称号を授かることにもつながった。
それでもオーナーシェフは、特別なことを語らない。「好きだから、続けていきたいだけなんです」と、静かに言う。内神田の一角で、今日もビールで煮る音が、変わらずに響いている。

牛ほほ肉のベルギービール煮込み(3,500円)。ベルギービールで約6時間煮込み、さらにシメイを使ったソースでじっくりと仕上げる。ほろりとほどける食感と、深いコクが印象的な一皿。

ブリュッセル風ワッフル(1,200円)。自家製バニラアイスとチョコレートソースを添えた定番デザート。家庭菓子として親しまれてきた味を、丁寧に引き上げている。

レポート◎山根和明(広報委員会)

食いしん坊手帖 vol.36

シャン・ドゥ・ソレイユ

東京都千代田区内神田1-10-6
電話:03-5281-0333

  • 営業時間
    【ランチ】火〜金 11:30〜14:00(L.O.13:30)
    【ディナー】月〜土 17:00〜22:00(L.O.21:00)
  • 定休日
    日曜・祝日(※月曜ランチ休)
  • 席 数
    1階 32席/2階 24席/
    3階 個室2室(6〜8名、8〜14名)

当ページに掲載している情報は、『法人なかま』発行当時のものです。現在の情報とは異なる場合がございますので、あらかじめご了承ください。

トップへ戻る