
「時間」を味わう
創作フレンチ

路地裏に現れる別世界。大切に住み継がれてきた古民家が、食と静けさの贅沢なひとときを包み込む。
宮大工の手による古民家
秋葉原駅から徒歩5分。喧騒を抜けた路地裏に、築75年の日本家屋が静かに佇んでいる。そこだけが昭和の時間が流れているような錯覚にとらわれるが、本当に驚くのは中に入ってからだ。釘を使わない木組み、欄間の細工、選ばれた木材の風合い。いずれも、今では再現困難といわれる日本の伝統建築の技術が、そこかしこに息づいている。宮大工が手掛けたと言われるこの日本家屋は、空き家になってからの数十年間、家主によって毎日雨戸を開けて空気が入れ替えられ、糠で床や柱が磨かれてきた。新しい建物にはない、手入れの行き届いた古い木の香りが、どこか懐かしさを呼び起こすのだ。時代の “ 古さ ” ではなく、“ 大切にされてきた時間 ” がこの空間の価値を作っているのだと、肌で感じられる。
「当店のコンセプトも、この建物にインスピレーションを受けて、「時間」をテーマにしているんです」と話すのは、店長の大木良恒さん。料理のジャンルはフランス料理なのだが、「発酵」、「熟成」、「伝統食材」を用いて創作される。「秋葉原の古民家でいただく時間をテーマにした創作フランス料理」。そんな一文だけで、いったいどんな皿が出てくるのか――想像せずにはいられない。

障子越しのやわらかな光が満ちる2階の客席。静けさとぬくもりが調和する、特別な時間が流れる空間。
日本独自の食文化を取り入れる
この店の厨房を任されているのが、シェフの古澤英夫氏。フランスに渡り、世界的な料理人アラン・デュカスのレストランにて修業を積み、帰国後は都内の名店で料理長を歴任してきた。
本来はクラシックフレンチを出発点とする正統派の料理人だが、kufuku±では、発酵や熟成、保存食といった日本独自の食文化を取り入れながら、“ 時間 ”をテーマにした創作料理に挑んでいる。料理はすべてコース仕立てで提供される。昼は3種類、夜は2種類のコースが用意されている。ランチは、前菜からデザートまでを手軽に楽しめるライトな構成のコースから、メイン2皿のフルランチコースまで、シーンや滞在時間に合わせて選べる。ディナーは完全予約制で、旬の食材と発酵・熟成の技法を取り入れた約9皿のコースが中心。長い時間をかけて変化していく素材の旨みと、それを支える静かな構成力が印象的だ。
1階はテーブル6卓、カウンター4席の全20席。2階はテーブル4卓の全18席。8~12名のパーティーも可能で、3間すべてを利用すれば最大20人が収容できる。

蔵を改装したウォークインセラーにずらりと並ぶワインボトル。料理との一期一会を演出する、厳選された一本がここから選ばれる。

特別な時間を届ける案内人である店長の大木良恒さん。スタッフの制服は藍染で統一されている.
「旨味を重ねて削ぎ落とす」
取材時に通されたのは、2階の窓際の席。障子越しの光が静かに差し込み、部屋の中は思っていた以上に明るい。木の床や柱には年季があるが、ほこり1つなく手入れが行き届いている。窓辺にはステンドグラスのランプ、隅には昔の黒電話。椅子はすべて形が違うのに、不思議と統一感がある。コース料理には、1か月半ごとに変わるテーマが設けられている。これまでには「桜」や「潮風」といった季節を映すものから、「東北」「石川県復興」など特定の地域に根ざしたテーマまで、料理を通して“ 時間 ” や “ 土地 ” をめぐる構成が続いてきた。
取材時のテーマは「まつり」。お出迎えの1皿は、すべてのコース料理で最中と決まっている。この日は「まつり」にちなんで、“ たこ焼き ” がモチーフの最中。トマトで煮込んだマダコ、自家製の鰹節、ザワークラウト、発酵マヨネーズ。たこ焼きの構成をなぞりつつ、どのパーツにも「時間の仕事」が施されているのがこの店らしい。酸味、旨味、コクのバランスが一体となり、屋台の記憶を上品に再構成している。最中の皮には、1850年創業の種亀製を使用するこだわりぶりである。
メインには、北海道産のエゾジカが供された。この時期は草をよく食べるため、赤身の味わいが特に濃くなるという。目の前に運ばれてきた肉は、つややかでしっとりとした質感。無駄な水分がなく、ナイフを入れるとすっと刃が入る柔らかさだ。
塩こうじに一晩漬け込んだのち、低温で1時間かけてロースト。臭みは一切なく、噛むごとにじんわりと旨味がにじみ出る。付け合わせには、泉州産の水ナスを3種(フレッシュ、つん辛漬け、ぬか漬け)で。さらに新潟の枝豆、山梨のクレソンが加わり、野菜それぞれの食感や発酵の酸味が、肉の力強さとよく響き合っていた。
料理に寄り添うワインも、この店の大きな魅力のひとつだ。ナチュラルワインや日本ワインを中心に、フランスのグランヴァンまで幅広く揃えられており、産地や格付けではなく、「今、この料理に合うかどうか」を基準に選ばれている。ワインは、蔵を改装したウォークインセラーで温度・湿度を管理しながら保管されている。ペアリングのコースも用意されており、発酵や熟成をテーマにした料理に、自然な流れで寄り添うように1杯ずつ重ねられていく。
ちなみに店名の「kufuku±」に込められた「+(プラス)」と「−(マイナス)」には、料理哲学と土地へのまなざし、両方の意味が重なっている。
フランス料理が “ 足し算 ” の文化、そして和食が “ 引き算 ” の美学とされるように、この店の料理はその両方を往還する。「旨味を重ねる」と同時に「削ぎ落としていく」。そんな相反する発想が、皿の上で共存するように設計されているのだ。
もうひとつ、「±」の記号が「土」という漢字に見えることも、このロゴに込められた意図のひとつ。
“ その土地の食材を使う”という姿勢を象徴しており、日本各地から厳選された旬の素材が、コースを通じて静かに語りかけてくる。

塩こうじで下味をつけ、丁寧に火入れされたエゾジカのロースト。増えすぎて駆除されるシカの尊い命を無駄にしたくないという思いも込められている

ナイフを入れた瞬間、すっと切れる柔らかさ。ゆっくりと火を通したエゾジカの旨味が、口の中で静かに広がる。

“ まつり” をテーマにした最中の1皿。たこ焼きをモチーフに、発酵や熟成の技が詰まった遊び心あふれるアミューズ。
※金額は『法人なかま』発行当時のものです。
レポート◎山根和明(広報委員会)
食いしん坊手帖 vol.30
東京都千代田区外神田4-11-8
電話:03-5244-4329
- 営業時間
【水曜日】
17:30~22:00(L.O. 料理20:00/ドリンク21:30)
【木・金・土・日曜日】
11:30~14:30(L.O.13:00)
17:30~22:00(L.O. 料理20:00/ドリンク21:30)
- 定休日
月曜・火曜 - 席 数
1階 20席(テーブル6卓・カウンター4席)
2階 18席(テーブル4卓)
当ページに掲載している情報は、『法人なかま』発行当時のものです。現在の情報とは異なる場合がございますので、あらかじめご了承ください。

