
キッチンカーからはじまった
「鯖黒煮専門店」

骨まで柔らかく煮込まれている鯖の黒煮。
梅干しのハチミツ漬けがいいアクセントになっている。
錦華通りに2023年7月にオープン
靖国通りから水道橋方面へ伸びる錦華通り。白山通りと平行に走る一方通行の道である。この通り沿いには神保町の人気店が点在している。グルメサイト「食べログ」でここ数年、神保町エリアの1位に君臨し続けているうどん『丸香』はじめ、つけそば『勝本』、スープカレー『パンチマハル』などなど。もう一軒の人気カレー店、インドカレー『カーマ』は惜しくも昨年閉店。
2023年7月、『カーマ』と入れ替わるように、このグルメ通りに新しい食事処がオープンした。『食堂新』。こぢんまりとした佇まいだが、「鯖黒煮専門店」という木の看板が目を引く。サバといえば味噌煮ではないのか、黒煮とはいったいどんな料理であろう? サバ好き、魚好きはこの「鯖黒煮」というネーミングだけでたやすく釣られてしまう。
白地に青い文字で「鯖」と大きく書かれた暖簾をくぐり、木製のドアを引いて入ると、打ちっぱなしの天井と長いカウンターがバーのような落ち着いた雰囲気を醸し出していた。カウンターには椅子が8脚、白い壁側に2人掛けテーブルが3つ、4人掛けが1卓。1席だけ空いていたカウンター席に腰かけ、カウンターの中にいる女性スタッフに「鯖の黒煮定食」を注文。すると、ほんの1、2分でお盆に載せられてお目当ての定食がやってきた。早い。
鯖黒煮のほかは、おばんざい3種類、ごはん、しじみ汁、お新香。健康的なランチだ。黒煮というからには黒豆のような色をイメージしていたが、少し濃いめの魚の煮付けのような見た目である。そして、サバの煮付けと並ぶように梅干しが丸ごとひとつ鎮座している。いわゆる梅煮なのだろうか? まずはサバから箸をつける。しっとり柔らかく、醤油の香ばしさと甘さが口に広がる。青魚特有の臭みはない。梅煮とも違う。魚の脂がねっとりと舌にからみ、ごはんが欲しくなる。「ごはんは1回おかわりができます」とメニューに記されているので、躊躇せずにごはんを箸で運ぶ。白米の甘さとサバの旨味がとてもよく合う。
後から聞いたところ、梅干しはハチミツ漬けで、一緒に煮込むのではなく、サバを盛りつけた後に添えているという。とはいえ、この組み合わせは秀逸で、梅干しの爽やかな甘さが、サバの滋味を引き立ててくれていた。

鯖の黒煮定食。おばんざい3種類とごはん、しじみ汁、お新香付き。
背水の陣ではじめたキッチンカー
店主の平野新さんは元々、神保町の魚料理屋で働いていた。しかし、新型コロナウイルスが蔓延し、2020年4〜5月に緊急事態宣言が発令されたことで外食産業は大打撃を受けた。この時、平野さんは30歳。このまま外食産業に居続けるか、まったく違う分野に行くか。30歳ならやり直しがきく。というわけで、勤めていた飲食店を辞め、キッチンカーに最後の勝負を賭けた。キッチンカーはワンオペが基本なので、カレーみたいに手早く提供できる料理が向いている。そこで平野さんが選んだのが、古巣の魚料理屋のメニューにあった鯖黒煮だった。仕込みには時間がかかるものの、できあがった黒煮は温めるだけ。しかも、和食のキッチンカーは少ないし、ましてや魚なんて見たこともない。2020年6月にお店を辞めて、11月からキッチンカーを開始。狙いは的中。面白いように売れて、イベントなどにも呼ばれるようになった。さらにテレビや雑誌にも取り上げられ、「和食のキッチンカー」として話題になった。
そして2023年7月、満を持してリアル店舗「食堂新」をオープンさせたのだった。
「神保町でやりたいとずっと思っていて、錦華通り沿いにちょうどいい物件が出たので即決しました。今も毎日キッチンカーを2台運営していて、仕込みがあるので夜の営業はほとんどできません。予約が入った場合のみ、夜をやるようにしています」と平野さん。

鯖の暖簾と鯖黒煮専門店の看板が目を引く。

開放感のあるカウンターバーのような店内。

こちらはキッチンカー。今でも毎日2台で営業を続けている。

店主の平野新さん。京都府出身の34歳。学生時代から焼き鳥屋のアルバイトを始めて以降、飲食店一筋。背水の陣で臨んだキッチンカーが話題になり、今に至る。
サクサク感がたまらないアジフライ
使用するサバは脂がしっとり乗ったノルウェー産。これをネギ、ショウガ、酒、水とともに圧力鍋に1時間かけ、その後刺身用のたまり醤油をベースにした秘伝の煮汁で3〜4時間煮込む。煮込み終わったら、寸胴鍋ごと氷水に漬けて粗熱を取り、一晩寝かす。そして翌朝、さらに1〜2時間煮込んで完成。寝かせる工程が入るので、料理には2日間を要するが、一度作ってしまうと後は温めるだけなので、キッチンカーでもワンオペでスムーズに提供できるのだ。
「店を始めた当初は、仕込みに時間がかかってしまい、自宅には寝に帰るだけの生活がしばらく続きました。キッチンカーと合わせると多い時で1日に300食分は出るので、40kg 以上のサバを煮込まねばならないんです」と平野さんはうれしそうに語る。店舗でもうひとつ人気なのがアジフライ。平野さんがリサーチしたところ、アジフライ定食のアジは50gくらいの大きさが主流だが、食堂新では80gほどのアジをそろえている。そして、アジに生パン粉をまぶすのは注文が入ってから。揚げる直前にパン粉を付けることで、軽やかなサクサク感を得られるのである。
「青魚はヘルシーなので、もっと多くの人に食べてもらいたいと思っています。牛丼感覚で手早く提供できて、すぐに食べられる鯖黒煮丼の専門店なんかも出してみたいですね」と平野さんは目を輝かせる。
ピンチはチャンスというが、コロナ禍の危機があったからこそ生まれた鯖黒煮専門店。今後の展開がとても楽しみだ。

魚は骨の周りに旨味が集まっているといわれる。圧力鍋で1時間煮込んだ後、秘伝の煮汁で3〜4時間煮込み、一晩寝かせてさらに1〜2時間煮込むため、骨まで柔らかくなり、骨ごと食べられる。

もうひとつの人気メニューであるアジのフライ。鰹出汁の効いた和風タルタルソースもよくマッチする。
レポート◎山根和明(広報委員会)
食いしん坊手帖 vol.12
東京都千代田区猿楽町 1-2-4 冨田屋ビル 1F
電話:03-5577-7576
- 営業時間【月〜金】
ランチ 11:00 〜 15:00(L.O.14:30)
※ディナーは予約のみ - 定休日
土曜日・日曜日・祝日
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