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技と心で「唯一、無二」の物、いい印鑑は人格を語る。

印章の匠 博工堂




各種印鑑、印材、ゴム印などが並ぶ店内



「実印を持って社会の人となり」の
額が掛る店頭




創業者(祖父)が作った
印章総合カタログ(復刻版)



 この世界でもご他聞にもれず「安もの」が我が世の春を謳歌している。コンビニや100円ショップに並ぶはんこやゴム印の数々。大量生産だから確かに安いが、味わいも個性もない。これでは愛着も湧くはずがない。駄目になったらまた買えばいい。ひと昔前までは卒業や成人の記念に「はんこのセット」を贈ったものだった。「このままでは、文字という日本の文化がすたれるのではないか」。はんこの老舗の主、星野社長は「心配だ」という。

─ご創業が明治35年、この地でですか?

 ここではなくて錦町3丁目。新潟・長岡の庄屋の次男坊に生まれた私の祖父が、上京してはんこ屋を開いた。進歩的な考えを持ち、なかなか行動的な人だったらしく、新潟では石油を掘っていたらしいのですが、石油は出なかったのでしょうね。今度ははんこ彫りに転進する(笑)。新潟で親戚がはんこ屋をやっていた関係で、全く縁のない世界ではなかった。

─ご自分ではんこを彫ったのでしょうか。

 いや、職人を何人か使っていたらしい。自分はもっぱら新しい技術開発や売り込み。木版が全盛だった大正の初めに、石膏で型をとってゴムを流し込むという方式を初めて開発した。歯医者が石膏で型をとるのをヒントにしたのだそうです。それと、人物写真をゴム印にする技術とか。とにかくアイデアが豊富な人だったらしい。

─これは当時のカタログ?立派な本ですね。

 表題がなんと「印界の水路案内」。昭和4年発行、A4版の立派な印章総合カタログ。見ているだけでも楽しいので復刻しました。相当手広くやっていたことがわります。
─そうしますと社長は三代目ですか。

 いや、父の後に母が社長になって三代目。次はあなたの番よと、長男の私が学校を出てすぐ家業に入り四代目を継いだ訳です。法人関係の営業をずっとやって今日まで。諸官庁、銀行、一部上場企業に得意先がどんどん増えていった。10年ほど前までは安定していましたね。風向きが変ったのは、機械で大量生産する安価なはんこが出てきて、これで満足してしまう人が増えてきた。この価値観の変化はどうしようもなかった。

─文字通り「判で押したような」、安い商品がのさばる。

 もちろん私たちも手彫り以外は機械を使いますが、最後の仕上げで手を入れる。そのひと手間で唯一無二の製品が生まれます。印材にしても安いものは使っているうちに駄目になる。事故が起きてからでは遅いわけで、特に実印は半永久的に使えるいい素材をお薦めしているのですが、象牙などは資源の問題があり在庫証明のシールがあるほど貴重です。

─最後に後継者のお話しを少し。

 実は娘がふたり。下の娘に組合が技術保持を目的に実施している講習会に5年通わせました。そして都が出している、ハンコ技能検定2級の免許をとらせました。自宅に機械を置いて注文をこなしてくれています。いずれにしろ私たちのような「アナログ商品」の生きる道は厳しいですね。日本の文字に対する感性が甦る日が、果たして来るのかどうか。



「よい印鑑は一生もの」、という星野社長




密猟品でないという証明のシール

会 社 名株式会社 博工堂 はくこうどう(創業1902年)
住  所東京都 千代田区 神田錦町1-15
電  話03-3291-4861
事業内容各種印章、ゴム印等の製作、販売、印刷。

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