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伝統の風味、変わらぬ技。健康と美容に「甘酒」を。

神田明神前 天野屋




六代目、社長の天野さん





神田明神の鳥居脇にある風雅なお店

 初詣の人々で賑わう神田明神の大鳥居の左手、みこしを飾り、松の緑と「あま酒茶屋」の白いのぼりがはためく和風のお店には、なぜか参詣客が立ち寄り、一息入れたくなる風情がある。この地で創業して来年でちょうど160年。伝統の技を受継ぐ老舗の主は「本物の甘酒の美味しさと優れた栄養価をもっともっと広めたい」という。

─ご創業が江戸後期の弘化三年(1846)。初代はどんな方だったのですか?

 京都・丹後の宮津藩の出で天野新助といいます。先に江戸へ出て千葉道場で腕を上げ、妬まれて暗殺された弟の仇討ちを目的に出てきて。当時神田明神は江戸の総鎮守で、ここにいれば仇に出会えるだろうと茶店を出した。どぶろくを作る技術は持っていたということです。結局、仇には出会えず、店が家業になっていったと。私で六代目ということになります。

─甘酒や納豆、味噌などはいつ頃から?

 米糀が基本になるということで技術的には似ているし、甘酒はすぐ始めたようです。江戸庶民のスタミナドリンクとして大流行したらしい。砂糖が貴重だった時代は唯一の甘味源だったのでしょう。納豆は社の傍にあった芝崎道場の修業僧が食べていた「金含豆(こんがんず)」が原形で明神名物になった。江戸味噌もいい糀がいのち。久方(ひさかた)味噌は、これも上質の小麦麹があればこその「なめ味噌」です。
─ご創業当時から、天然の土室(むろ)を使ってこられたということですが。

 地下約6メートルにあり、鑑定によれば二百年は経っているらしい。初代が始める前からのもの。糀菌で米を発酵させるうえで理想的で、必要不可欠な環境です。年間を通して16℃に保たれている。それと関東ローム層という地質。吸湿と保湿作用に優れています。土室は明治の末期に当時は貴重な輸入煉瓦で補強し、関東大震災にも耐えました。ただ、90坪あったうち、いま使っているのは半分以下ですが。

─「手入れ」という大事な作業があるとか。

 目に見えない生きものを扱う。作り方は昔とまったく同じで変えようがない。原料から製品になるまで六日間。この繰返しです。発酵段階で米を手でほぐして空気を入れてやる。すると菌が米に食い込む。こうしないといい糀はできません。一番難しいのは温度管理。10本の指の先がセンサーになる。これだけは体で覚えるしかない。私は小さい頃から砂場替わりに米に触って育ちました。温度が高いと甘味が出ない、低いと酸味が出ちゃう。「手入れ」は夜も休めませんが、今では後継ぎの息子に任せられるようになりました。

─栄養学的に甘酒の効能が見直されています。

 酒といってもノンアルコール。人工の甘味料などもいっさい使わない。飲む「点滴」といわれるように、即効性がありアミノ酸、ビタミンも豊富。昔から峠の茶屋にあったのも理に適っているのです。純天然素材を使った江戸の優れた食品を、現代人の健康と美容のために、大いに役立てていただきたいですね。



地下6メートルにある土室(むろ)は二百年以上の歴史があるという



糀菌によって発酵がすすむ米。静かに発熱する
会 社 名株式会社 天野屋 あまのや(創業1846年)
住  所東京都 千代田区 外神田 2-18-15
電  話03-3251-7911
事業内容糀、明神甘酒、芝崎納豆、江戸味噌、久方味噌製造販売

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